近年、記録的な暑さが続き、熱中症による健康被害が増加しています。職場においても熱中症による労働災害が発生しており、その対策の重要性が高まっています。こうした状況を受け、2025年6月1日から労働安全衛生規則が改正され、事業者に対し職場の熱中症対策が義務付けられることになりました。
この改正により、企業にはどのような対応が求められるのでしょうか。本記事では、労働安全衛生規則改正による熱中症対策義務化の内容や背景、企業が具体的に講じるべき対策、そして義務違反の場合の罰則について分かりやすく解説します。
2025年6月1日施行!労働安全衛生規則改正による熱中症対策の義務化とは?
労働安全衛生規則改正は、2025年4月15日に公布され、2025年6月1日から施行されます。
この改正により、事業者が講ずべき熱中症対策として、以下の2つの点が法令上明確に定められました。
- 熱中症患者の報告体制の整備・周知
- 熱中症の悪化防止措置の準備・周知
これらの具体的な内容や実施方法については、今後、厚生労働省からの通達で詳細が示される予定です。
義務化の背景にある「熱中症による労働災害の増加」

熱中症対策が法的に義務付けられることになった背景には、職場における熱中症による労働災害の増加があります。
厚生労働省の統計によると、全国の職場で熱中症になった人は、去年1年間で1195人に上り、過去10年間で最も多くなっています。熱中症による死亡災害は年間30人を超え、これは労働災害による死亡者数全体の約4%を占めています。
熱中症による死亡や重症化の主な原因として、初期症状の放置や対応の遅れが挙げられています。しかし、これまでの法令では、熱中症の疑いがある人の早期発見や、重篤化を防ぐための対応について明確な定めがありませんでした。
そこで今回の改正により、事業者が労働者の健康障害を防止するため、高温への対策として講じるべき措置が具体的に示されることになったのです。
義務化で具体的に求められる対策
改正労働安全衛生規則で事業者に義務付けられる対策の具体的な内容は以下の通りです。

1. 熱中症患者の報告体制の整備・周知
事業者は、暑熱な場所での作業など「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う場合、作業従事者が熱中症の自覚症状がある場合や、他の作業従事者が熱中症の疑いがあることを発見した場合に、その旨を報告させる体制を整備しなければなりません。 また、整備した報告体制は、作業従事者に対して周知する必要があります。特に一人や少人数で作業をする場合は、具体的な報告の手順や連絡体制を伝えることが重要です。
2. 熱中症の悪化防止措置の準備・周知
事業者は、同様に「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う場合、あらかじめ作業場ごとに、熱中症の症状悪化を防止するために必要な措置の内容およびその実施に関する手順を定めなければなりません。 措置の内容としては、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察または処置を受けさせることなどが挙げられています。事業者が定めた措置の内容および実施手順は、作業従事者に対して周知する必要があります。
義務化の対象となる「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは?
事業者が上記の熱中症対策を行う必要があるのは、「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行うときです。
今後発せられる通達では、この作業が具体的にWBGT(暑さ指数)が28度以上または気温が31度以上の環境下で、連続して1時間以上または1日あたり4時間超実施が見込まれる作業であることが示される予定です。 ただし、これに該当しない作業でも、作業強度や着衣の状況によっては熱中症リスクが高まるため、同様の措置が推奨される見込みです。
WBGT(暑さ指数)とは?

「熱中症を生ずるおそれのある作業」の判断基準の一つとなる**WBGT値(暑さ指数)**は、身体作業強度などに応じて暑熱を許容できるラインを示した値です。WBGT値が基準値以下であれば熱中症を発症する危険はほとんどないと判断されますが、基準値を超えるとリスクが高まります。 WBGT値は、自然湿球温度、黒球温度、気温(乾球温度)から計算され、環境省の「熱中症予防情報サイト」で予測や実況を参考にすることもできます。身体作業強度が低いほどWBGT基準値は高く、高いほど低くなります。また、暑さに慣れていない人(暑熱非順化者)は、慣れている人(暑熱順化者)よりもWBGT基準値が低くなるため、より注意が必要です。
法律で義務づけられたこと以外にも、会社が取り組むべき対策は?
改正規則で定められた義務への対応に加え、厚生労働省が公表している「令和7年『STOP!熱中症 クールワークキャンペーン』実施要綱」などを参考に、より積極的に熱中症予防対策に取り組むことが推奨されています。これは、法改正への対応にあたっても参考になるものです。
実施要綱では、以下のような対策が例として挙げられています。
暑さ指数(WBGT)の把握・評価
日本産業規格に適合したWBGT指数計を用いた適切な把握や、作業場所ごとの状況を考慮した評価が重要です。
作業環境の管理
WBGT値を低減するため、簡易な屋根の設置、通風・冷房設備、ミストシャワーなどの設置が有効です。作業場所の近くに、冷房を備えた休憩場所や日陰などの涼しい休憩場所を確保することも大切で、具合が悪くなった人が横になれる広さが必要です。農業用ハウスの例では、遮熱カーテン、ミスト、扇風機などの設置が進められています。
作業時間の短縮等
WBGT値が基準値を大幅に超える場合は原則作業を控えるべきです。やむを得ない場合は、単独作業を避け、休憩時間を長めに設定し、管理者による作業従事者の身体状況や水分・塩分摂取状況の頻繁な確認(ウェアラブルデバイスなどの活用も有効)が推奨されます。
暑熱順化への対応
熱中症発生リスクに大きく影響するため、7日以上かけて暑熱環境での身体負荷を徐々に増やし、作業時間を調整することが望ましいとされています。新規採用者や、夏季休暇などで熱へのばく露が中断した人に対しては、計画的な暑熱順化プログラムを組みましょう。
水分や塩分の摂取
のどの渇きに関わらず、作業前後に加え、作業中も定期的に水分と塩分を摂取することが求められます。管理者としては、摂取確認表の作成、作業中の巡視、水分・塩分の常備、休憩設備の工夫などで労働者の摂取を徹底させることが考えられます。塩分補給の例として、塩飴なども有効です。
服装の調整
熱を吸収・保熱しにくい、透湿性・通気性の良い服装の準備が推奨されます。直射日光下での作業では、通気性の良い帽子やヘルメットを準備しましょう。特殊な繊維で汗による冷却効果を高めた衣類も活用されています。
プレクーリング
作業前に体を冷やして体温を下げ、熱中症リスクを減らす対策です。特に暑さ指数が高い環境で、作業強度や服装の調整が難しい作業において、作業開始前や休憩時間中の実施を検討しましょう。冷却プレート付きベストのように、体を直接冷やすことができる熱中症対策グッズの活用も有効です。こうした熱中症対策グッズについては、こちらの記事も参考にしてください。
健康管理
疾病がある者への配慮、日常の健康管理に関する指導、作業開始前および作業中の健康状態確認などを行う必要があります。
労働衛生教育
管理者と労働者に対し、熱中症の症状や予防対策などに関する労働衛生教育を行うことが求められています。厚生労働省や環境省の教育用教材を活用したり、自社での実施が困難な場合は関係団体の教育を活用したりしましょう.
異常時の措置
本人や周囲が熱中症などの異変を少しでも感じた場合は、必ずいったん作業から離脱させ、身体冷却、医療機関への搬送、救急隊の要請などをためらわず行います。
本人が「大丈夫」と申し出ても、躊躇せずに措置をとることが大切です。医療機関への搬送などを待つ間は、アイススラリーや水分・塩分の摂取、服を脱がせて水をかけるなど、効果的な身体冷却に努め、その際には一人きりにせず誰かが様子を観察しましょう。
熱中症予防管理者等の設置
熱中症予防対策の責任体制を確立するため、十分な知識を有する熱中症予防管理者を選任し、現場の作業管理者などと連携して対策を進めることが大切です。
熱中症の悪化防止措置はあらかじめ内容や手順を定めておく必要がありますが、実際には現場の状況に合わせて臨機応変に対応することも重要です。
対策を怠った場合の罰則
改正労働安全衛生規則で定められた熱中症対策を怠った事業者は、都道府県労働局長などから作業の停止や建設物等の使用停止・変更などの使用停止命令等を受けるおそれがあります(労働安全衛生法第98条)。
さらに、熱中症対策の実施義務に違反した者は、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処され(労働安全衛生法第119条1号)、法人に対しても50万円以下の罰金が科されます(労働安全衛生法第122条)。
企業側からは、義務化に向けて「詳しい情報がなく困っている」といった声も聞かれており、対応を急いでいます。一方で、冷却機能付きベストなど、熱中症対策グッズの売れ行きが好調で、企業からの関心が高いことも伺えます。
まとめ
2025年6月1日から、事業者に対し職場の熱中症対策が義務付けられます。
具体的には、熱中症患者の報告体制の整備と周知、熱中症の悪化防止措置の準備と周知が求められます。義務化の対象となるのは、主にWBGT値や気温が高い環境下で一定時間以上行われる作業です。
熱中症による労働災害が増加している現状を踏まえ、企業は法定義務の遵守に加え、WBGTに基づく作業環境管理、適切な水分・塩分補給、暑熱順化、健康管理、労働衛生教育など、幅広い予防対策を効果的に実施することが重要です。
これらの対策を怠った場合、罰則の対象となる可能性があるため、企業の迅速かつ適切な対応が求められています. 従業員の安全と健康を守るため、今一度、職場の熱中症対策を見直し、強化しましょう。