私たちの生活を支え、地球環境を維持する上で欠かせない存在である海。四方を海に囲まれた海洋国家・日本にとって、SDGs 14「海の豊かさを守ろう」は単なる国際目標ではなく、私たち自身の生活基盤を守るための切実な課題です。この記事では、SDGs 14における日本の現状と課題、そして私たちにできることを解説します。
日本の海が抱える厳しい現状—データで見る実態

減少し続ける漁業資源
日本の漁獲量は、1980年代をピークに大幅な減少傾向にあります。水産庁の水産白書によると、1984年には約1,282万トンだった漁獲量は、2022年には約407万トンと、ピーク時の約3分の1にまで減少しています。
特にサンマは深刻で、水産庁の資料によれば、2021年の漁獲量は約1.8万トンと、ピーク時(1958年)の約58万トンから97%も減少し、過去最低を更新しました。2022年も約2.5万トンと低水準が続いています。この状況は、マイワシやマサバなど他の魚種でも同様の傾向が見られます。
「日本近海の水産資源の減少は、乱獲だけでなく、気候変動による海水温の上昇や海流の変化なども複合的に影響しています」と国立環境研究所の報告書でも指摘されています。
深刻化する海洋プラスチック汚染
環境省の海洋ごみ対策によると、日本の沿岸には1平方メートルあたり平均約2.5個のマイクロプラスチックが漂着していると推定されています。日本は1人あたりのプラスチック容器包装の使用量が米国に次いで世界第2位で、プラスチック循環利用協会の統計では年間約850万トンのプラスチックを消費しています。
そのうち約400万トンが使用後に廃棄され、リサイクル率は約86%とされていますが、これは熱回収(サーマルリカバリー)も含めた数値であり、実際にマテリアルリサイクル(再資源化)されているのは全体の約24.3%に留まっています(2022年データ)。「日本は表面上のリサイクル率は高いものの、実質的な資源循環という観点ではまだ改善の余地が大きい」と環境省のプラスチック資源循環戦略でも課題として挙げられています。
失われつつある沿岸生態系
環境省のサンゴ礁保全によれば、日本のサンゴ礁の約7割が何らかの被害を受けており、特に沖縄県の石西礁湖では、1991年から2020年の間に約4割のサンゴが消失しました。2016年から2017年には大規模な白化現象が発生し、石西礁湖の約9割のサンゴが白化被害を受けました。
また、「海の森」とも呼ばれる藻場も減少しています。水産庁の藻場・干潟関連施策によると、1978年に約20.3万ヘクタールあった全国の藻場面積は、2018年には約14.2万ヘクタールと、約30%減少しています。この藻場の減少は、海水温の上昇による「磯焼け」現象や、沿岸開発などが複合的に影響しています。2023年の最新調査でも、全国の約7割の地域で藻場の減少が続いていることが報告されています。
目標達成への取り組み—国と地方自治体の政策
海洋プラスチック汚染対策
日本政府は2019年5月に「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」を策定し、2030年までにワンウェイプラスチックを累計25%排出抑制するとともに、使用済プラスチックを100%有効利用することを目指しています。詳細は環境省のプレスリリースで公表されています。
2020年7月からはレジ袋有料化が義務付けられ、環境省の調査によるとレジ袋の辞退率は約70%から約80%に上昇し、年間約30億枚(約2万トン)の削減効果があったと推計されています。
さらに、2022年4月には「プラスチック資源循環促進法」が施行され、企業に対するプラスチック使用製品設計から廃棄までのライフサイクル全体での資源循環の取り組みが強化されました。環境省のプラスチック資源循環によると、2023年度の最新の施行状況報告では、特定プラスチック使用製品の使用量が前年比約12%減少するなど、一定の効果が出始めていることが報告されています。
漁業資源の持続可能な管理
2020年12月に70年ぶりとなる「漁業法」の大改正が行われ、科学的な資源評価に基づく漁獲可能量(TAC)による管理を基本とする新たな資源管理システムが導入されました。
この改正では、従来8魚種だったTAC対象魚種を2023年度までに約20魚種に拡大し、最大持続生産量(MSY)の実現を目指した管理目標の設定が進められています。水産庁の広域漁業調整委員会によると、2023年度には新たにトラフグやマダイなどが追加され、合計14魚種がTAC対象となっています。これにより日本の漁獲量の約7割がTAC管理下に置かれています。
海洋保護区の設定
生物多様性保全の観点からは、海洋保護区の設定と拡大も進められています。環境省の海洋生物多様性保全によると、2022年時点で日本の排他的経済水域(EEZ)の約8.3%が何らかの海洋保護区に指定されています。
しかし、「生物多様性条約(CBD)」で合意された国際目標「2030年までに陸域と海域の30%を保護区化する」(30by30目標)の達成には、さらなる取り組みが必要です。
日本政府は2022年12月に「生物多様性国家戦略2023-2030」を閣議決定し、30by30目標の達成に向けた「OECM(Other Effective area-based Conservation Measures:その他の効果的な地域をベースとする保全手段)」の認定制度を2023年に創設しました。2024年4月時点で約35の地域がOECMとして認定され、海洋保護区とOECMを合わせた保全区域は約10%まで拡大しています。詳細は環境省の生物多様性のページで確認できます。
企業・団体の取り組み—ビジネスと環境保全の両立

リサイクル技術の革新
日本の化学メーカーでは、従来リサイクルが困難だった使用済みプラスチックを化学的に分解し、新たな原料として再生する「ケミカルリサイクル」技術の開発が進んでいます。例えば、日本環境設計株式会社は、PETボトルを分子レベルで分解して新たな石油由来原料と同等の素材を作り出す技術を実用化しています。
アパレル業界でも、海洋プラスチックごみを回収・再生した素材を活用した製品開発が広がっています。アディダスのサステナビリティ活動では、海洋プラスチックを再利用したスポーツウェアやシューズを開発し、2023年には約2,000万足のシューズを再生素材で製造しています。
漁業関連企業のサステナビリティ
大手水産会社では、2030年までに取り扱う水産物の100%をMSC・ASC認証などの持続可能な水産物にすることを宣言する企業も出てきました。日本水産株式会社の環境への取り組みでは、2030年までに調達する主要魚種と養殖魚の100%を持続可能な水産物にするという目標を設定しています。
また、ベンチャー企業による陸上循環型養殖システムの開発など、環境負荷を最小限に抑えた新たな養殖技術の開発も進んでいます。株式会社FRDジャパンは、閉鎖循環式陸上養殖技術を用いて、抗生物質を使用せず環境負荷を最小限に抑えた持続可能な養殖システムを確立しています。
海を守るために私たちができること
日常生活でのアクション
- プラスチック使用量の削減: マイバッグ、マイボトル、マイストローの使用を習慣にする 環境省のリサイクル・廃棄物対策によると、1人がマイボトルを使用することで年間約183本のペットボトルを削減でき、CO2排出量も約13.9kg削減できるとされています。
- 海洋に優しい製品の選択: マイクロビーズを含まない化粧品や生分解性の洗剤を選ぶ 化粧品によるマイクロプラスチック排出量は日本で年間約4.3トンと推計されており、マイクロビーズフリーの製品を選ぶことで海洋汚染防止に貢献できます。
- 持続可能な水産物の購入: MSC認証やMEL認証など、エコラベルがついた水産物を選ぶ 日本エコラベル協会(MEL)によると、MEL認証の取得数は2023年度末で漁業29件、養殖70件、流通加工236件と年々増加しており、消費者の選択肢も広がっています。
- 適切な廃棄物処理: プラスチックごみの分別徹底、屋外でのごみの持ち帰りを徹底する 環境省の海洋ごみ対策によれば、海岸に漂着するごみの約7割は陸域由来です。日常生活のごみが適切に処理されないことが、海洋汚染の大きな原因となっています。
社会参加と情報発信
地域の海岸清掃活動への参加やSNSでの情報発信も重要です。海と日本プロジェクトなどの全国的な活動や、地域の環境NPOが主催する清掃イベントに参加することで、海洋環境保全への理解を深め、社会的な関心を高めることができます。
また、海洋環境問題に関する正確な情報を発信することも大切です。「知らない」ことが最大の敵であり、多くの人に海の現状を知ってもらうことが、社会全体で問題に取り組むきっかけとなります。
まとめ—持続可能な海洋環境へのロードマップ
SDGs 14「海の豊かさを守ろう」の達成に向けて、日本はいくつかの重要な取り組みを進めていますが、まだ多くの課題が残されています。特に、プラスチックごみ削減や漁業資源管理、海洋保護区の拡大などは、今後さらなる対策強化が求められます。
海は地球の生命を支える基盤であり、私たちの経済活動や文化の源でもあります。一人ひとりが日常生活の中で海を意識した選択をし、社会全体で海洋環境保全に取り組むことが、持続可能な未来への道につながります。
海の健全性を守ることは、私たち自身の未来を守ることでもあるのです。SDGs 14の達成に向けて、私たち一人ひとりができることから始めましょう。
